とことん「本質追求」コラム第368話 日本人のDNAに刻まれたモチベーションの源泉

 

 

 

「結局、上手くいく新規事業って、顧客の幸福を慮(おもんばか)る気持ちを持てるかどうかがカギを握りますね」

 

 

先週のコラム「第367話 成功する新販路開拓戦略の意思決定プロセスとは」をお読み頂いた社長と一献傾けたときに、ズバリ私の思っていることを串刺しにされてしまいました。

 

  • お客様は、その対価を払ってでも問題解決したいだろうか?
  • お客様は、その対価を払うだけの満足が得られるだろうか?

 

その想像力の源となっているのは、顧客になるであろう人たち(法人)に感情移入する力がなければ、正しい答えは導き出されないからです。

 

もちろん、偽善的にそれを行うこともできますし、分かったふり…の営業トークをまくし立てれば、一瞬の結果は同じになるかも知れません。

 

しかし、これからの時代は、そう簡単にはいかなくなります。

 

先日、面白い記事を読みました。

 

野村証券のトップセールスマンが、独立起業を果たした話です。

 

彼は、将来役員の道も開かれていた優秀な営業マンでした。

 

野村証券では「成績は人格!」とまで言い切る企業文化があるらしく、トップを走り続けた彼は「人格者」として崇められていたのでしょう。

 

ところが、手数料を稼げば稼ぐほど野村証券のやり方に疑問を抱くようになったそうです。

 

「数年間の勤務期間で収益を最大化しようとするため、会社が推奨する商品は短期的な目線のものになりがちだ。今のやり方はお客様のためになっていない」

10年勤めた野村をあっさりと辞めたそうです。

 

そして、独立起業した新しい投資顧問会社では、長期的な視点で資産形成のアドバイスを行い続けた結果、7年間で預かり資産450億円。野村証券をはじめとした優秀な証券マンを20名抱える体制で事業を営んでいる… という記事でした。

 

顧客の幸福を慮る気持ちが事業の中心核に備わっているか否かは、これから営業組織を牽引する上で、重要なキーファクターになるはずです。

 

自己実現の定義に挑んだ心理学者「マズロー」は、心理学者らしからぬ書籍を出版しています。

 

「完全なる経営」(日本経済新聞社)という本です。

 

この本で、マズローは、経営の神様と呼ばれていたドラッカーに異議を申し立てています。

そして、ドラッカーも「完全なる経営は、自分とマグレガーを現実に引き戻すために書かれた」と認めたそうです。

 

その概念をご紹介します。

 

「ドラッカー本人が明言していようがいまいが、ドラッカー流の経営管理の根底には、仕事は楽しめるもの、魅惑的なもの、愛すべきものという仮定が存在する」

 

「自己実現者から見れば、仕事は「使命」「召命」「義務」「天職」と言った宗教的な意味合いの言葉で呼ぶに相応しいものなのだ」と、切り込んでいました。

 

同書では、人間の本性はどれほど優れた社会を築きうるのか。

そして、社会は、どれほど人間性を高めうるのか。

 

心理学者として研究では限界を感じたマズローが人間にとって理想的な生活形態を研究する上で、企業が新たな実験台になる、と考え、研究し発表した書籍です。

 

ここで示唆するものは何か。

 

私は、マズローの主張は間違いなく日本人の民族性に溶け込むものだと感じています。

 

マズローはアメリカ生まれ、アメリカ育ちです。

 

旧約聖書では、アダムとイブは、神様から食べてはいけないと言われた「禁断の果実」を食べてしまいました。

それを知った神はエデンの園から追放し、額に汗を流して働かなければ食料が手に入らない世界観を作り出したという人生観、仕事観を宗教的に刷り込んでいます。

 

 

つまり、仕事とは神から与えられた罰なのです。

 

しかし、日本では、神様はもっと人間的で絶対的な存在ではありません。

古事記に記された物語を読むとそれがよく分かります。

建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が田畑を荒らしたり、御殿に糞を撒き散らしたりと暴君を働くのを見かね、太陽神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に引き篭ってしまいます。

 

世界が暗闇となり困った八百万の神々は、天岩戸の前で楽しそうに踊り、気になって岩から覗き見た天照大神を引きずり出してしまいます。

 

なんとも日本の神様は人間的です。

 

こうした物語を通じて、日本人は八百万もいる神々と共生するように仕事をしてきたと刷り込まれています。

 

アメリカ人であるマズローが、仕事は宗教的な意味合いを持つという概念に辿り着いていますが、これは日本人であれば「尚更」…と言えるのではないでしょうか。

 

古事記が書かれた712年から1300年もの間、私たち日本人の価値観に刷り込まれている人生観、仕事観です。

 

しかし、近年の刷り込みは大きく変化しました。

働き方改革などを見ると、「仕事は悪だ!」「企業は労働者を働かせすぎるな!」という空気が蔓延しています。

 

私はこの風潮を横目で見ながら、マズローの「完全なる経営」を読むと、強い違和感を覚えます。

 

マズローは、「(自己実現者にとって)仕事を禁じることは人間にとって、最も残酷な刑罰なのである」と、断言しています。

私もそれに強く共感をしているからでしょう。

 

 

話が少し横にそれてしまいましたが、将来を嘱望された野村証券のトップセールスマンが、企業が売りつけたい商品、顧客の利益に反するような商品を否定し、退職。

独立起業をして、本当に顧客のためを思った事業活動を行っている人生観、仕事観は、日本人のDNAに刻み込まれているのではないだろうか…。

そう藤冨は感じています。

 

実際、様々な業界の様々な会社で、事業活動に触れる機会に恵まれていますが、顧客の幸福を慮る事業は、営業マンのモチベーションが高いことに気付かされます。

 

逆も然りです。

停滞している事業の特徴の一つとして、新規事業の着想の源泉が、自己都合だと営業社員が認識しているケースが多々見受けられるのです。

 

 

日本人に刷り込まれたDNAは、神(人)との共存です。

最近の風潮はそれが見えなくなっていますが、おそらく根っこには残っているはずです。

だからこそ、顧客の幸福を慮る事業が、営業社員のモチベーションの源泉になり、意識せずとも、そうした新規事業が伸びているのだと感じるのです。

 

御社では、顧客の幸福に繋がる事業であると定義されていますでしょうか。

また、営業社員は、それを本気で感じていますでしょうか?