とことん「本質追求」コラム第655話 潜在ニーズは「察する」ことで顕在化する

「ニーズの皮を剥いて商談相手の真のニーズを探り出す重要性は理解できます。しかし、相手の口から出たテーマは顕在ニーズだと思うのです。潜在ニーズを刺激することが大事だと、よくコラムに書いてありますが、ヒアリングでも潜在ニーズをつかめるのでしょうか?」

先週のコラムを読んだ読者の方から、素晴らしい質問を頂戴しました。

素晴らしい質問にしっかりとお応えできるよう、「潜在ニーズはヒアリングでつかみ取れるのか?」というテーマを深掘りしてみたいと思います。

結論から言うと、潜在ニーズはヒアリングで十分に把握できます。

ただし、「ニーズを深掘りする」というスタンスでヒアリングを行うと行き詰まってしまいます。
なぜならば、潜在ニーズとは、そもそも「欲求そのものがまだ顕在化していない」ことを指すからです。

ヒアリングで深掘りすべきは、「ファクト(事実)」です。

具体的な事例を通して、理解を深めてみたいと思います。

これは、私が20代のときに経験した実話です。
当時、私は外食産業向けの情報システムを販売していました。

あるとき、30店舗規模の居酒屋チェーンのオーナー社長と、POSレジと本部の売上分析システムの商談をしていたときのことです。
煩雑化していたクーポン券の処理を効率化する仕組みづくりの話をしていたところ突然、社長が当時大流行していた「フリーペーパー」の話をし始めました。

「藤冨さん、ホットペッパーって知ってる?! 掲載すると、クーポン券を持った新規顧客が次々に来店するんだ。まるで麻薬のような広告で、一度始めるとやめたくてもやめられないんだよ。」

恥ずかしながら、当時の私は極端な仕事人間で、自分の専門分野以外の話には疎く、「ホットペッパー」の存在を知りませんでした。

興味を持った私は、「ホットペッパーとはどんなフリーペーパーなのか?」「どこで配布されているのか?」「クーポン券を提示した際の会計処理はどうなっているのか?」など、社長にしつこいくらい質問しました。

すると、数々のファクト(事実)から恐ろしいコンテキスト(文脈)が浮かび上がってきたのです。

・街中の至るところで誰でも簡単に入手できる(=事実情報)
・クーポン券の割引目当ての客が急増している(=事実情報)
・クーポン券をちぎって伝票に貼り付けるだけで「割引処理」ができてしまう(=事実情報)

これらのファクトから連想すると、「不正の温床」になっている可能性が高いことが気になったのです。

当時、私が勤務していたシステム会社は、業界で唯一無二の「レシピ管理システム(=部品管理)」を持っていました。
例えば、30本の瓶ビールを仕入れ、15本販売したら、15本在庫が残っているはず。
しかし、棚卸をすると10本しか残っていない——
「あっ、5本、従業員が飲んだな!」と分かるシステムです。

瓶ビールの不正飲酒は少ないですが、生ビールになると話は別です。
生ビールは、蛇口から水のように湧き出るので、罪悪感が薄れ、不正飲酒が起こりやすいのです。

したがって、システムを導入すると、洗浄や歩留まりなどの要因があるにせよ、想定以上の在庫誤差が「見える化」してしまいます。

不正の手口に敏感だった私は、社長にこう進言しました。

「今すぐに、POSシステムのジャーナル(紙)を見て、取消処理と取消時間を調べてください」
「もし、アイドルタイムや営業終了後に取消処理があり、後付けクーポン処理が行われていたら、不正の疑いがあります」
「例えば、従業員がクーポンをかき集めておき、1万円の会計を取り消し、20%OFFのクーポンを適用して8,000円に変更すれば、2,000円抜けます」
「これを30日間続ければ、月に6万円もの金額になります」

ホットペッパーを使った不正スキームのリスクを知った社長は、血の気が引き、顔を引きつらせていました。

すぐに役員を呼び、会議室で「ホットペッパーを使った不正スキーム」について話し合うことになりました。
後日、社長から連絡があり、長らく提案していた店舗−本部システムが採用され、3,000万円の商談が成立しました。
電子ジャーナルを本部システムで日々集信し、管理システムを強化する案に合意してくれたのです。

ちなみに、不正スキームを理解した役員のみなさんは、翌日店舗を巡回し「ジャーナル用紙」をひっくり返して調査したそうです。
発覚した被害総額は、年間推定400万円…
30店舗中3店舗で、予想通りの「不正」が発覚したので、不正抑止のシステム導入の必要性を強く実感してくれたのです。

ワタミの創業者・渡辺美樹氏の著書『青年社長』には、こう記されています。
「経営者は不正をさせない環境をつくるのが仕事だ! それが社員を守ることだ!」と。
私もこの考えに共感し、よくセールストークに取り入れていました。

この居酒屋チェーンの社長が購入したのは、私が提案した「情報システム」ではありません。
「社員を守るために、不正ができない環境づくり」に投資したのです。

お客様は、商品を買っているのではない。
お客様は、商品コンセプトを買っている。

前職のマーケティングコンサルティング会社「日本オリエンテーション」の松本勝英先生の教えを、私は転職先のシステム会社で体現し続けてきたので、強い確信を持っています。

「潜在ニーズに突き刺さる”商品コンセプト”を提案すれば、高い確率で商談は成立する」と

潜在ニーズとは、お客様が自覚していない欲求です。
言語化できていないため、要求として発言されることはありません。

お客様の状況をコンテキストで理解し、売り手が察する「テーマ」こそが「潜在ニーズ」です。

「もしかして、こんな問題を抱えていませんか?」
「もしかして、こんなことを求めていませんか?」
そうした問いかけが、潜在ニーズを顕在化させるのです。

私の師である松本勝英先生は、こう言っていました。
「最高のマーケッターは、お母さんである。」
鳴き声一つで、オムツが汚れているのか、お腹が空いているのかを察することができるからです。

師は、マーケティングを追求するうえで、文化人類学、動物行動学、神経生理学、民族学、言語学などを統合した「新人間学」とマーケティング戦略の融合を追求していました。

今では私も、人間理解や顧客理解こそが、営業・マーケティングにおける課題のブレイクスルー・ポイントになると確信しています。

御社は、人間理解・お客様理解を重視する社内文化を大切にしていますか?