「藤冨さん、富国強兵を謳うなら、所得倍増も付け加えてください」
先日のコラムを読んだビジネスの大先輩から助言をもらいました。
久しぶりに会食を兼ねたミーティングで、さすがのご指摘をいただき、とても有意義な時間を過ごすことができました。
もちろん、藤冨も同感です。
明文化はしていませんが、常日頃「粗利益と生産性の向上」によって、所得も向上するべき!という考えを根底に持っています。
ただ、簡単に賃上げだけを口にする風潮が気に入らないため、普段「所得向上」について言及していないだけだったのです。
どうも今のマスコミの発信を見ると、「我々の生活が苦しいのは、会社が給与を増やしてくれないからだ!」と一般庶民の感情を煽り、同調圧力を利用して中小企業の経営陣に過度なプレッシャーをかけているように感じます。
政府の失策が元凶となった「インフレの拡大」なのに、責任転嫁もいいところです。この愚行に目を伏せ、闇雲に賃上げを実行してしまえば、単に経営に負担をかけるだけでなく、多くの働き手も骨抜きにしているように感じて仕方ありません。
少し冷静になって「対策」を考えるべきだと感じます。
まず「給与を引き上げる責任」は、経営者にあります。
経営方針、体制づくり、戦略決定によって、給与の源泉である「利益」が決定するからです。
一方で、その経営方針、体制づくり、戦略を実行するのは社員です。
粗利益率改善や生産性を向上する努力のないまま、給与を引き上げれば、社員の心に「怠惰な感情」が芽生えやすくなります。
低収益体質に陥り、かつ社員の心が怠惰に向かえば、企業の存続が危ぶまれるのは、火を見るよりも明らかです。
考える順番。
手をつける施策の順番を入れ替える必要があるのではないでしょうか。
二宮尊徳のエピソードが、とても参考になります。
小田原藩の藩主・大久保忠真は、天保の大飢饉や財政難に直面しており、荒廃した農村の復興に力を入れていました。
その時、洪水によって田畑がなくなった実家を建て直した噂が広がっていた尊徳に大久保藩主は目をつけ、「農政顧問」として迎え入れたそうです。
当時、天候不順や飢饉、重税に村民たちは疲弊し、土地を耕す意欲を失い、救済を求めて藩や他者に依存する姿勢が広がっていました。
村民は、いまでいう助成金を藩に求めていたのです。
村を任された尊徳は、この助成金が『心の乱廃』に起因すると見抜き、一才の助成を拒否したそうです。
自助努力で何とかするしかない状況を作り出した上で、自ら鍬(くわ)を持ち畑に出かけ、朝から晩まで畑を耕した尊徳は、率先垂範して「勤労」の重要性を村民に説いたと言います。
心の健全性と経済の安定には、密接な繋がりがあることを理解していたから成せる技です。
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という尊徳の言葉は、心の健全性と経済の健全性が表裏一体であることを表しているように思えます。
つまり、賃上げをすることは前提とした上で、社員一人ひとりが自分の役割に誇りを持ち、日々の仕事を通じて価値を生み出す仕組みを築くことが肝要です。
そのためには、経営者の視点を社員に伝える努力が必要です。
尊徳が鍬を手に取ったように、リーダーが「率先垂範」の精神を持ち、経営の意思を現場の隅々まで行き渡るようにする必要があります。
そのための基盤づくりとして、「家長制度」の要素が、有効にワークすると考えたのが、前回のコラム「第650話 強く富める組織を育む「家長制度」」の主張でした。
強兵によって、国が富み、その結果国民生活が豊かになる。
この順番が逆になることがあるのでしょうか?
国民生活が豊かになるから、人々は働き始め、国が富むようになるのでしょうか?
どう考えても違和感があります。
所得倍増計画をぶち上げた池田内閣も、交通インフラの整備、電力供給能力の増強、製造業を中心とした重化学工業への転換、貿易を通じた外貨獲得などを通じて、所得倍増を実現しようとしました。
1960年当時は、農業などの一次産業が主流で全産業の30%を占めていましたが、10年後には、17%と大幅に減少しました。
製造業や、金融や情報通信などのサービス業に労働者がシフトし、所得は1960年代の平均18万円から10年後には70万円と大幅に上昇。
2倍どころか、3.8倍もの成果をあげることに成功させました。
この産業構造の変化を見れば、多くの国民が努力したからこそ、池田内閣の構想を実現できたことがわかります。
国(=企業)の方針、体制づくり、戦略が、国民(=社員)に浸透し努力した結果です。
富国強兵や家長制度というと、古臭い軍国主義者に思われてしまうかも知れませんが、決してそうではありません。
温故知新を重視しています。
家長制度も、リーダーが部下を命令する上意下達ではなく、部下とともに目標に向かって歩む「共感をベースにした」体制づくりが基盤になると考えています。
もちろん、給与の倍増が実現できるような方針、戦略は、トップが決める必要があります。
しかし、その方針や戦略をどう実現するか?
それは、激変する環境に身をさらされた現場が自ら考え、行動するのが、最も効果的であるはずです。
家長制度という枠組みは、家族のような一体感を組織に生み出し、社員全員が自分の役割を主体的に果たせる環境を整えるための一つのアプローチに過ぎません。
一個人が責任を負わされることを極端に嫌がる習性が染み付いてしまった現代では、チームによる責任の方が馴染みやすいという現実も直視しています。
個人の努力や主体性が埋もれないように制度設計する必要はありますが、歴史に倣い現代に適応できる制度設計ができれば、「自ら考え・行動する集団づくり」は可能になるはずです。
御社は、自社の組織を「自ら考え・行動する集団」として機能させるためにどのような施策を企画し実行していますか?