「ベネフィット訴求が大事なのはわかりますが、我々のように技術を売りにする企業では、実現が難しいこともあります。なぜなら、顧客の要求に基づいて開発がスタートするからです。しかし、スペック訴求が通用しなくなっているのは実感しています。ベネフィット訴求以外に、他に効果的な対策はあるのでしょうか?」
先週のコラム「第641話 強い訴求力が売上を増大させる!」に対して、読者の方から質問をいただきました。本コラムをもってお答えします。
さて、ご質問への回答ですが、まずビジネスの根本から考える必要があると感じました。
厳しい指摘になるかもしれませんが、一言で申し上げると下請け思考からの脱却が必要です。
全ての取り組みでなくても構いません。
売上高に占める割合を最低でも3割。
できれば5割以上を下請け的な受注から、提案型の高付加価値営業に切り替えていく改革をする必要があります。
近年、日本企業が直面する大きな課題の一つに賃金の停滞があります。
構造的に分析すると、賃金停滞の理由は大きく2つあります。
1つは、非正規社員の増加。
2つ目は、下請け体質の企業が多数存在していることです。
非正規社員の賃金は、正社員の約6〜7割程度にとどまっているとされています。 低賃金の非正規雇用者が増加することで、日本全体の平均賃金が押し下げられているのは間違いありません。
次に、下請け体質の問題です。
高度成長期を支えたサプライチェーンの構造が崩れつつある今、その問題が明らかになっています。
2016年12月のコラムで取り上げた通り、スマイルカーブの構造を見れば、素材提供、部品製造、アセンブリ(組み立て)は、自動化、ロボット化、ギガキャストなどの新技術の登場によって、さらに低収益化の波に襲われます。
この構造は、今後ますます強まるでしょう。
インターネットや最新の生成AI(Perplexityなど)の登場により、世界中の知的財産に瞬時にアクセスできる時代です。
必要な技術情報は、すぐに集めることができます。
顧客側が「こんな課題を解決できる技術はある?」とPerplexityに入力すれば、考えうる技術的アプローチが瞬時に列挙されてしまいます。
その情報を元に買い手が「この技術を使ってこんなことができる?」と言った時点で、価格決定権は顧客側にあります。
つまり、作り手側は低収益に甘んじざるを得なくなるのです。
受け身の姿勢、下請け思考は、自ら賃金上昇の可能性を狭めていることを、全てのビジネスマンが理解すべきです。
厳しい言い方をすれば、自ら考える力を放棄した時点で、低賃金を自ら招いていると自覚するべきなのです。
経営者は売上と利益の責任を持ち、給与を支払う立場にあるため、この問題を痛感していると思います。
この意識を全社員で共有しなければ、組織としての変革意識は生まれません。
日本人の強みは、危機意識を共有することで、組織文化を大きく変えられる点にあります。
山本七平の『「空気」の研究』では、日本における意思決定が「論理的判断基準」と「空気的判断基準」の二重基準になっていると述べられています。
通常は論理が表に出ますが、実際の決定は「空気が許さない」という判断基準で行われるとされています。 この「空気」は絶対的な支配力を持ち、反対者を社会的に排除する力もあると指摘されています。
逆に言えば、この山本七平氏の考察を踏まえれば、「空気」を作ることさえできれば、組織はその流れに沿うことができるということになります。
受け身の姿勢、下請け思考から脱却し、自発的な姿勢や企画提案思考への組織的変革を行い、社内の空気を変えていくことが、高収益体質の経営を実現する第一歩となるのは間違いありません。
なぜ、自発的な姿勢や企画提案思考が高収益体制につながるのでしょうか?
その理由は、顧客が単なるスペックではなく、価値を提供してくれるパートナーシップを求めているからです。
これは、素材や部品であっても変わりありません。
単なる素材や部品の供給者ではなく、課題解決のためのアドバイザーとして関わることが、収益を上げるカギとなるからです。
顧客の立場からすれば、いかに自社の課題を効率的かつ効果的に解決できるかが重要です。
ここで重要なのは、我々の提供する技術やノウハウを、顧客のビジネス成長にどうつなげられるかを理解し、提案する能力を磨くことです。
また、顧客自身が気づいていない不合理な行動や仕組みを改善する技術を持っていれば、顧客のコスト削減や生産性向上にも貢献できます。
言われてから作るのではなく、言われる前に提供するからこそ「すごい!」と価値を感じてもらえるのです。
顧客が気づいていない課題や混迷している状態から救い出す技術を提示できるからこそ、高付加価値を受け入れてくれるのです。
顧客が求めているのは技術そのものではなく、その技術がもたらす成果です。
営業やマーケティング活動では、顧客の課題や目標に対して「私たちはこういうアプローチで貢献できます」という姿勢を明確に示し、新たな視点を提供することが効果的です。
このような関係性を築くことで、単なる取引相手ではなくビジネスパートナーとして信頼を得ることができ、価格競争を回避できるケースが増えるでしょう。
総じて、今求められているのは「スペックで勝負」ではなく、「解決策を提供」する高付加価値セールスへのシフトです。
これを実現するためには、社員一人ひとりがベネフィットを訴求できるように社内トレーニングを強化し、顧客のニーズを深く理解する力を育てることが不可欠です。
御社は、自発的姿勢や企画提案思考によって、顧客や市場に積極的に価値を提案していますでしょうか?