とことん「本質追求」コラム第624話 新商品の営業戦略は、イノベーターを狙う!

「お金の払い癖のついている人たちを相手に商売をする、と書かれていた理由をもう少し詳しく聞かせてください。」

読者の方から、先週のコラム「第623話 競争優位性は、顧客視点から発見する」についてご質問を受けました。

「購入意欲の低い人たちを説得するより、購入意欲の高い人たちが納得する「切り口」を見つける方が、確実に売上は伸びます」と提言した通り、商売(マーケティング)の原則からすると、新商品はヘビーユーザーにターゲットを絞ることが定石です。

波及営業の下敷きにした「イノベーション普及学」では、商品にはライフサイクルがあり、導入期→成長期→成熟期→衰退期の4つのそれぞれのステージに、それぞれの特性を持った消費者像が存在することが明らかにされています。

拙著「営業を設計する技術」でもお示しした通り、導入期には冒険者(イノベーター)と挑戦者(アーリーアダプター)、成長期には実用採用者(アーリーマジョリティ)、成熟期には追随採用者(レイトマジョリティ)、衰退期には伝統採用者(ラガード)が存在しています。

新しいアイデアや技術が社会に普及するかどうか、またどのように普及するかを説明した「普及学」は、社会学者であるE・Mロジャーズが3000以上の事例を観察し、概念化した理論です。
62年前に提唱された書籍であるにもかかわらず、今でも色褪せることなく、現在のイノベーションに重ね合わせてみても「なるほど、確かに…」と納得させられる真理に根差した不朽の名著です。

新規事業に携わる方。
イノベーションを起こしたい方。
革新を目指す経営者には、必読の書です。

とは言っても、568ページにも及ぶ大著。
多忙を極める皆さまに向けて、本コラムでは、「イノベーション普及学」の本質を抽出し、新商品の発売を成功させるポイントをサクッと軽やかにお伝えしたいと思います。

新しいアイデア(新商品・新サービス、新技術)を採用するには、勇気が必要です。

新商品や業界にイノベーションを起こそうとする「売り手」は、その道に詳しいプロなので「買い手が新しいアイデアを採用するときの不安や恐怖」を軽視しがちです。

無料トライアルや初回限定の特別プライスは、その不安や恐怖を和らげる「ひとつの戦略」ですが、それでも「後から、しつこく営業されるのでは?」と不安に駆られるのが消費者心理です。

それでも、好奇心旺盛な一部の人たちは、果敢に新しいアイデアを試してみようとします。この人たちが、イノベーションの導入段階で生息している「冒険者」や「挑戦者」です。

それぞれの特性を簡単に解説しておきましょう。

冒険者は、端的に言えば「金に余裕のある変わり者」です
金持ちという意味ではありません。「ある分野」に対する出費に狂信的な態度を示す人たちです。

例えば、鉄道マニア(てっちゃん)が、時間とカメラ機材に多大な投資をするように、「収入に関係なく、ある分野に対してはリスクを恐れず投資」することがあります。

ゲームに時間とお金を投資する人。
美食に投資する人。
登山に投資する人…

無限に存在する「とある分野」に、それぞれの冒険者が存在します。

その冒険者が、普及のトリガー(引き金)になるかと言えば、そうではありません。
冒険者は「その他の人たち(実用採用者、追随採用者など)」からは「変わり者」として見られているからです。

普及のトリガーになる人は、冒険者に続く「挑戦者」です。
いわゆるオピニオンリーダーと呼ばれる人で、その他の人たちにとって、新しいアイデア(新商品や新技術)を採用しても「安心・安全」であると点検してくれるような存在です。
とある分野におけるヘビーユーザーのため知識を持ち、失敗やリスクの許容度が高くであり、他の人たちに「使用感」などを伝達するコミュニケーション力も持っています。

前回のコラムで「お金の払い癖のついている人たち」と表現したのは、この冒険者・挑戦者たちの総称だとご理解ください。

この冒険者や挑戦者たちから、新しいアイデア(新商品や新技術)が採用されなければ、その後に続く失敗やリスクを嫌う「実用採用者」や周りが買うから仕方なく購入する「追随採用者」には、採用されません。

平たく言えば、新商品の販売を右肩上がりで伸ばすためには、まず初めに「冒険者や挑戦者たちからの好評価」が必要なのです。

少し具体的なケースを想定して、この概念をあなたと一緒に検証してみたいと思います。

これから普及するであろう「空飛ぶクルマ」です。
ANA、JAL、トヨタ自動車、本田技研、日本電気(NEC)、パーク24などの名だたる企業が参入している未来の巨大産業ですが、法令整備等もあり、まだまだ普及期の入り口にも立っていません。

さて、ここで問題です。
現時点で最も安い機体とされているスウェーデンのJetson社製の「Jetson ONE」でも1300万円です。

これを初年度に100機販売させるための与えられた広告宣伝・営業予算は4億円です。
年収800万円の営業マンを5名採用すると、リクルート費用を合わせて約5000万円。残り3億5000万円で見込客を発掘しなくてはなりません。

ターゲットを絞らずに、のべつくまなく告知しようとすると、コストは増大します。
ゴールデンタイムに全国放送のテレビCMを1本流すだけで、最低でも1000万円必要ですから、毎日放映したら、1ヶ月程度で予算を使い果たします。

テレビCMは、お茶の間(死語?)の皆さんが見る媒体なので、購入対象外の人たちにも「認知させるコスト」を支払うことになります。
導入期においては「ムダ」以外の何者でもありません。

一方で「お金の払い癖のついている人たちだけに知ってもらい、体験してもらう機会を作ろう」と思考を絞り切ったら、どうでしょう?
3億5000万円の使い道が、クリアに見えてきませんか?

空飛ぶクルマに興味を持ちそうな人たち、お金の払い癖のついている人たちを単純にイメージしてみると…

☑︎ 高級車に乗っている人
☑︎ 役員専用の社用車
☑︎ クルーザー所有者…

などなど、時間単価の高い人たち、または乗り物に投資を惜しまない人たちが浮かび上がってきます。

とある分野において、お金の払い癖のない人たちまでに広告宣伝を打つよりも、ターゲットを絞って広告宣伝を打った方が、濃い見込客を営業マンにトスアップできるのは火を見るより明らかです。

初期ユーザーは誰か?
そのユーザーから、実用採用者に繋げる糸口は何か?

新商品を持続的に成長させるためには、戦略的思考が成功のカギを握ります。

御社の新商品、新規事業は、お金の払い癖のある人たちから「拡げていくような営業戦略」を設計していますでしょうか?