とことん「本質追求」コラム第643話 ベネフィット訴求型の人材が育つ環境整備

「次回のコラムで、ベネフィット訴求を徹底させるための社内トレーニングについて、概要だけでも教えてください」と、先週訪問したクライアント企業の社長さんから真面目な顔で言われました。

「またまた謙遜して…できているはずですよ」と伝えると、「トレーニングと聞くと気になります。どんなメニューなのですか?」と返答されました。普段のカリキュラムで行っているつもりではありましたが、改めて整理してご提示しました。

概要だけを見ると非常にシンプルですが、継続は力なり。
筋トレと同じく、日々鍛錬することでシナプスは強化されます。

ご存じの方も多いかもしれませんが、人間の脳には約86億個のニューロンが存在し、そのニューロンをつなぐシナプスの数は約150兆に達します。

このシナプスが発動しなければ、神経細胞のニューロンは断絶されたままなので、情報や思考の伝達が滞ります。

いわゆる「思考停止」の状態です。

思考停止を起こさないためには、シナプスに常に電気信号を送り続ける必要があります。
シナプスは、繰り返し使われることで強化されるのです。

筋トレと一緒ですよね?
筋トレのやり方を知っていても、それだけでは早く走ることもできなければ、重いものも持ち上げられません。
当たり前のことですが、正しい筋トレ法を学んでも、実践しなければ筋肉はつきません。

売れる商品企画や成功する販売戦略のカギを握る「ベネフィット訴求」も同じです。

日々、顧客の購買心理から逆算する習慣を持つことで、シナプスが強化されます。

これを「シナプス可塑性(かそせい)」と呼びます。
これは個人だけでなく、組織の習慣形成においても重要な役割を果たします。

可塑性とは、力を取り去っても歪(ひず)みがそのまま残る性質のことを言います。

つまり、トレーニングで「能力開発」を行うというより、「組織文化」に定着するまでしつこく繰り返す仕組みづくりが大切だということが分かります。

毎日ご飯を食べるように、毎日「顧客視点」で会話し、どんな課題解決も「顧客視点」から考える習慣を身につけることで、顧客起点経営が実現できるのです。

トレーニングすべきメニューを以下に列挙してみます。


1. 時代考察力を磨く「会議体」づくり

顧客や市場ニーズの大半は、変化から生まれます。
新技術、新制度、新しい価値観やライフスタイルの登場が、それまで存在しなかったニーズを生み出し、新たな市場を形成します。

この変化に対応するには、企業自身も変化を受け入れ、適応していくことが不可欠です。
例えば、フィルムカメラがデジタルカメラの登場によって市場を失ったように、新しい技術的イノベーションの波が突然訪れる可能性はどの業界においても無視できません。

ファクト(事実)を軽視したり、都合の良い解釈をしたりせず、現実に向き合う「会議体」の存在が極めて重要だと、日々のコンサルティング活動を通じて痛感しています。


2. 既存の成功体験や固定観念の解体作業

自社に都合の悪い事実から目を背けたり、耳を塞いだりすることは、短期的には苦痛を回避できるかもしれません。
しかし、中長期的にはさらに大きな問題となり、取り返しのつかない状況に陥る可能性が高まります。

例えば、ソフトバンクの孫正義氏は、意思決定プロセスに「悪魔の代弁者」を設置し、反対意見や客観的な視点を持つ社外取締役を招聘することで、提案の弱点や潜在リスクを洗い出す仕組みを導入しています。

都合の良い情報だけを選び取る「確証バイアス」を排除し、多角的な視点から意思決定を行うことは、企業の持続可能な成長にとって重要なポイントとなります。


3. 顧客・市場とのフィードバックループの構築

顧客の声をただ聞くだけでなく、現場観察などのファクト情報を収集することが大切です。
そこから顧客の状況を考察し、どのような課題があるのかを分析する能力を養います。

解決策の仮説を立て、ベネフィットに変換して顧客に提案する。
反応を確認しながらベネフィット訴求を磨いていく。
この繰り返しを、日本アイ・オー・シーでは「市場との対話」と呼んでいます。
市場との対話力をつけた組織は、持続的な成長エンジンを手に入れたのと同じ。

商品開発、営業戦略ともに思い通りの結果を生み出し続ける力を組織に定着させることができます。


4. ベネフィットを明確に言語化する訓練

顧客にとっての利点やメリットを簡潔に伝えるスキルを身につけることも重要です。
具体的な数字や効果を使い、「この製品がどれだけの価値を提供するか」を伝える訓練を行います。

キャッチコピーや表現を工夫することで、売上が劇的に変わる事例も少なくありません。
例えば、同じ商品でもキャッチコピーを変更しただけで売上が4倍になるケースがあります。
言語化のセンスは売上を左右する重要な要素です。


言語化のセンスは、担当者レベルの話に聞こえるかも知れませんが、組織メンバーの全員が、顧客が反応する言語や概念に対するセンスを磨いておく必要があります。


5. PDCAの徹底

成果を測定し、改善点を見つけて次の行動に反映することが欠かせません。
会議では「誰が悪いか」を追及するのではなく、「どのようなベネフィット訴求をすれば成果に結び付けられるか」を建設的に話し合います。


これらの仕組みやトレーニングが組織に定着すれば、鬼に金棒です。

すぐに変革を起こすのは難しいかもしれませんが、これからの時代の変化のスピードや質を考えると、どの組織も真剣に取り組む必要があると痛感しています。

顧客を意識しない経営は、衰退の一途をたどるだけです。
そのスピードが速いか遅いかの違いこそあれ、確実に衰退していきます。

我々コンサルタントも同様です。
ChatGPTなどの生成AIが「情報編集」の世界を飛び越え、「考えるAI」として進化すれば、コンサルタントという職業も消滅するかもしれません。

新技術の登場によって社会が変化し、それに伴って顧客ニーズも変化していくのですから、変化の波は業界を問わず訪れるのです。

御社は、顧客起点で思考し、ベネフィット訴求を重視した組織づくりをしていますか?